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最新の日記



2001年5月13日

オーデンセの寿司レストラン、Fudoで食事をした。1年ぶりに食べた寿司はおいしかった!実は去年、こっちに来てすぐの頃にも一度このレストランに行ったことがあって、その時は、「こんなもんか」くらいにしか思わなかったんだけど、今回は、一年間の「寿司ブランク」があったせいか、めっちゃおいしく感じた。夫はアサヒ、私はキリンビール飲んで、最後には調子に乗って35クローネもする緑茶までたのんでしまった。家で飲めばタダなのに・・・。
このレストランは、若い男性2人が経営しているそうである。注文を取りに来た人は、どうやら経営者の一人みたいで、日本に行ったことがあるか聞いてみたけど、行ったことはないそうである。ヨーロッパで寿司を作ってる人は、こっちで開業している日本人に習ったりして寿司作りをマスターする人がほとんどだそうで、日本まで行って修行する人はあんまりいないって言っていた。その店にいる調理人3人も、そんな風に寿司をマスターしたらしい。
2001年5月12日

フュン島の南の海岸まで行った。そこは人があんまりいない海水浴場で、海岸に寝そべってバナナやら食べたりした。水にもちょっと入ってみた。水はすっごく澄んでて冷たくって、底を歩いてる小エビとか、小さな魚が見えたり、ヒラメみたいな平べったい魚がシュルシュルと急いで逃げていくのが見えたりした。波は穏やかで、遠浅で、遠くにLangelandっていう島が見えるんだけど、そこまで歩いて行けちゃいそうな感じだった。時間がゆっくりと流れていくような平和な一日だった。
夜には、Eurovision Song Contest(デンマーク語ではMelodi Grand prix)をテレビで見た。去年のこの大会でデンマーク人が優勝したので、今年はデンマークでコンテストが開かれた。私は初めて見たんだけど、普段聞くような曲とは違う、個性的な歌も多くて、面白かった。採点は、各出場国の一般の人が電話投票で行う。自国以外の歌に投票することになっている。集計は各国毎に行われ、得票数が多かった国から順に12点、10点、8、7、・・・という風に点数が付く。投票終了後、各国とデンマークが衛星でつながれて、各国アナウンサーが、自国の採点結果を発表してく。20カ国ほどの国が、順に点数を発表していく中、デンマークも始終いい線いってて、時にはトップに立ったり、また追い抜かれたりして、結構ドキドキした。結局、優勝はエストニアのグループだった。この歌、私も好きだったな。ちょっとアメリカ風の歌だった。デンマークは2位。来年のコンテストはエストニアで開かれることになった。
2001年5月11日

今日は金曜日だけど祝日だったので、友達と街のカフェで昼食を食べた。とってもいい天気で、お店の外の席に座って、私はパスタ、友達はオープンサンドを頼んだ。おしゃべりしながら食事を楽しんで、そのあと、2人でMunke Moseまでお散歩した。ここのところのいい天気で、最近いっせいに木々に緑が吹き出してきていて、新鮮な緑がとても美しかった。大勢の人が芝生の上に寝転がってひなたぼっこを楽しんでいた。私たちは2人してデジカメで写真をとりまくった。写真を撮る時はいつも、自分が典型的日本人観光客って感じに見えるだろうなと思えて、ちょっと恥ずかしいんだけどね。
今日は、人気番組「Big Brother」の最終日で、結局、最後に残っていた男女2人のうち、Jillっていう女の子が優勝して、50万クローネの賞金を手にした。
2001年5月4日

今日は昨日に引き続き、運転免許取得に向けて、顔写真を取りに行った。デンマークの免許証は日本のように更新制度がなく、いつまでも同じ免許証が使えるらしい。ということは、写真もずっと同じままということである。そうなったやっぱり気合も入るでしょう。機械で取るやつはろくな写真が出来たためしがないので、写真館に行ってちゃんと人に取ってもらうことにした。運転免許用の写真をとりたいというと、写真を撮ってくれるおじさんが、斜めを向いて小首をかしげろと言う。そんでその通りにして写真を撮ってもらった。なんでも、運転免許の写真は、この角度でないといけないそうだ。えー、そんなこと知らなかったよぉ。平べったい顔の私としてはそんな角度は迷惑千万である。でも決まりなのならしょうがないわ。ふんっ。
2001年5月3日

今日もまた天気がよかった。今日は、デンマークの運転免許を取得するために、お医者さんの証明書をもらいに行った。おじいちゃん先生が、いろいろ検査をしてくれた。視力検査のほかに、視野の広さを見る検査があった。それは、片目を手のひらで覆って、一方の目で、これまた片目を覆った先生の目を見つめながら、先生が視界の端の方で手の指先をプルプル動かすのが目に入ったら言う、というものだった。一緒にいた夫君は、片目同士で見つめ合う2人と、先生がプルプル動かす指先を見て、腹を抱えて笑っていた。
聴力の検査では、先生が私に背を向けて、「57」とか「46」とか、数字を言うので、それが聞こえたら繰り返す、というものだった。先生は最初は普通の声の大きさで言って、だんだんとささやきに近いレベルまで声の高さを落としていく。「トー・オ・チューベ (22)」とか、ささやく先生の後ろ姿もかなりおもろかった。定量的・客観的検査とは言い難いと思うんだけど、まあ、そんなもんなのだろうか。
とりあえず無事に証明書をいただいた。

私と先生のオトボケ(?)検査に、まだニヤケがおさまらぬ夫と家に帰ってしばらくすると、夫君の友達が突然訪ねてきた。手には小さな箱を持っていて、彼はそれを夫に渡し、立ち話をちょっとして帰っていった。
なになに?とその箱を開けてみると、中には緑色の細長いボトルが入っていて、コルクの栓を開けてなかに丸まって入っていた紙を取り出すと、それは結婚式の招待状であった。うわー、デンマーク人もこんな凝ったことするのねー、と驚いた。どうやら箱も手作りみたいだし。私も自分たちの日本での結婚式の招待状は手作りしたけど、それは、私としては精いっぱい工夫してみたとはいえ、郵送するということもあって、普通の「カード」状だったし、この「立体」招待状はかなり素敵だなぁと思った。
結婚式には私も招待されていた。こっちでは、教会での式には出席したことがあるけど、披露宴の方は始めてなので楽しみ!

招待状


2001年5月2日

いやー、今日は天気がよかった!!こんな春らしい天気は、今年初めてじゃないかな?
「あぁ、春ってこんなかんじだったわねぇ・・」と思い出させてくれるポカポカ陽気だった。
語学学校では、せっかくのいい天気に教室の中で授業なんてしてられねぇや、ってことで、授業もそこそこに、みんなで散歩に出かけた。近くのオーデンセ大学まで、森や畑の中の小道を歩いていった。地面には小さな花がたくさん咲いていて、先生にその名前を教わったり、おしゃべりしながら大学までたどり着いた。ついでだから大学の建物の中も見物していこう、ということになって、先生(大学でも教えているので中を知っている)について中に入った。これがオーデンセにはめずらしく、なかなか近代的で大きくておしゃれな建物で、建物の中央を貫く大きな通路には、若者がたくさん歩いていた。吹き抜けを見上げると、ガラス張りの図書館と、机で勉強している学生が見えたりして、キャンパスライフ!って感じだった。こんなんだったら、もう一度大学に通ってみてもいいなぁ、なんて、ちょっと(かなり)ミーハーで気分屋の私は思ってしまった。
建物の中を抜けて、これまた立派なガラス張りのスイミングプールを、ガラスに太陽光が反射して中が見えないので、みんなでガラスにへばりついて手で目の上に傘を作りながら中を見た(おのぼりさん丸出し!?)。中では水着姿の大学生たちが、授業なのだろうか、並んで立っていた。ちなみにこのプールは、授業に使われる昼間の時間帯を除いて、一般の人でも利用することができる。
往復で3キロ以上は歩いたので、結構疲れてしまった。授業時間が30分ほど残っていたので、それをなんとかこなし、疲れた足で、自転車でキコキコこいで、家路についた。
2001年5月1日

今日はメーデー。デンマークでも各地で関連した行事が行われたようだ。ニュースを見ていると、旗を持って行進している人の映像が流れていた。バスも朝はストライキをやっていたらしい。が、それと同時に、デンマークでは、メーデーといえば、たらふくビールを飲んで酔っ払う日でもあるらしい。昔は「労働者闘争の日」としてまじめに(?)運動していたのが、いつの頃からかお祭りムードの方が強くなった、ということなのだろうか。ニュースでも、飲んだくれている人達が写っていたし、街に出ると、ビールのケースを持って歩いてる人がいたり、そこら中、紙の切れ端みたいなのが落ちていたりして、いつもより雑然とした感じだった。
ちなみにオーデンセではMunke Moseでそのようなお祭り騒ぎをやっているらしい。
2001年4月24日

こっちのテレビでも小泉さんが自民党の総裁になったことが流れていた。でも「こいずみ」ではなく「こいすみ」と言っていた。デンマーク語ではzは濁らないんだよね。
あと、Sonyとエリクソン(スウェーデン)がヨーロッパで合弁会社(っていうのかなぁ?詳しくないのでご勘弁を!)を作ったそうである。携帯電話をつくるみたい。ヨーロッパの携帯の画面は今だに白黒で、着メロも単調だし、日本に比べて遅れているので、以前、私は、日本の携帯はすごいぞ〜!とデンマーク人にいってみたけど、あんまりピンときてなかったみたい(というか私のデンマーク語が通じてなかったのか??)。iモードもヨーロッパ進出してくるみたいだし、ヨーロッパの携帯もこれからジャンジャン進化していくかもね?
2001年4月23日

さっきテレビのニュースを見ていたら、「ナチュラリスト」なる人達がプールで泳ぐ姿が出てきた。ナチュラリストとは、どうやらなにも身につけないで泳ぎたい人達のことのようである(ほんとはもっと深い思想があるんだろうけど・・)。2人の30代くらいの男性と、ひとりの20代前半くらいの女の子が、泳いだり、ジャンプ台からジャンプしたり、ターザンのようにひもにぶら下がってどぶ〜ん!と水の中に落ちたりしていた。全裸である。日本ならモザイクで隠れているような部分も思いっきり放送されていた。
ひとりの男性がインタビューに答えて、「真っ裸の方がかえって性的ではなくなる。例えばビキニなどを着ている方がよっぽどHな感じがする。」というようなことを言っていた。確かに、その映像からは、Hな感じは漂ってこなかった。
その映像には3人しか写っていなかったから、この「ナチュラリスト」とやらはデンマークでどれほど受け入れられているのか分からない。もしかしたら日本にもこういう人達はいるのかもしれないけど、もしいたとしても、夜7時のニュース映像として流れないだろうなぁ。
そこのプールでは毎週日曜日が「ナチュラリスト」の日だそうだ。
私はその日にプールに行くのは遠慮しよっと。

2001年4月20日

夫君がたった今、Sort Solというデンマークのバンドのコンサートから帰ってきた。お酒も入ってかなりご機嫌である。おでんも来ればよかったのに、だって。今、大音量でCDを聞いている。それに時々解説が入る。この曲はどうだとかこうだとか、今、後ろでいろいろ言ってる。
2001年4月16日

雅子様が御懐妊の兆候だとか。めでたいことだ。
日本の皇室とデンマークの王室の雰囲気はかなり違う。デンマークの王族は、かなりフランクだ。とてもいい感じ。でも私は日本の皇室のように、あくまでも厳格さを保っているのも、なんでもカジュアル化が進む中では、貴重な存在だと思う。それに、皇族の人達の笑顔も素敵だし。
とにもかくにも、雅子様が無事に御出産されるといいですね。
2001年4月13日

今まで、いつかホームページを作ろうと思って文章を書きためたりはしてたけど、今日、急に気が向いてHTMLの本を開いてみた。こっちに来る時に日本で買ってきていたのだ。最初はどこから手を付けて良いのやら、って感じだったけど、やり始めてみるとこれが結構面白い。それほど難しくないし。こりゃしばらくハマりそうだ。
2001年4月6日

わーい、イースター休暇に入ったぞ!今日から16日まで学校はお休み。
今、お店では卵のチョコとか、ヒヨコやうさぎの置物なんかがたくさん売ってある。デンマークでは、イースター(デンマーク語ではポースケ)に卵を庭などに隠して、それを探す、とかいう習慣はないそう。オーストリアではそうするんだって。
2001年4月2日

突然だけど、デンマークでは夏に花火大会が出来ない!なぜかというと、夜も暗くならないからであ〜る。さすがに夜中の12時から花火大会、ってわけにもいかないし。
私の感覚では、花火=夏!なんだけど、こっちでは、花火=正月のようだ。大晦日から新年に変わる時には、街中のみんながいっせいにロケット花火を上げる。今年の正月は、それを寒い中、プルプル震えながら見ていた。
やっぱり私的には、花火は夏に楽しみたいな。
2001年4月1日

今日は、アンデルセンの誕生日にちなんで花火大会が行われた。その名も「H.C.ANDERSEN DAGE」というイベントの一環である。アンデルセン生誕200周年にあたる2005年を前にして今年から突然始まった企画らしい。アンデルセンの誕生日は4月2日なんだけど、1日が日曜日ということでこの日に花火をやることになったのだろう。
今年急に始まったイベントで、しかもエープリルフールの日に行われるとあって、友達に話したら「うそかもしれないじゃん。」なんてからかわれたけど、今日、駅前の広場(Kongens Have)に行ってみると、たくさん人が集まっていた。たまたま車で通りかかった人も、突然のこの人出にびっくりして「なにがあるんだ??」なんて道行く人々に声をかけていた。
今回の花火の演出家は、なんと、パリのミレニアム花火大会を演出した方々だそうである。それだけに(?)いろいろな趣向が凝らしてあって、音楽とともに火の玉がボンボン上がったりとか、人が花火しょって歩いてたりとか、なかなか芸術的であった。音楽演奏も、ドラムとかサックスなど、ステージの上で生演奏である。クライマックスには打ち上げ花火もボンボンあがり、日本の夏の花火大会を思い出した。耳を一生懸命ふさいでる人も結構いて、なかなかほほえましかった。


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